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京都地方裁判所 昭和45年(む)46号 決定

主文

原裁判を取消す。

被疑者を京都府中立売警察署に勾留する。

本件接見禁止および書類または物の授受の禁止の請求はこれを棄却する。

理由

第一申立の趣旨および理由

本件準抗告の申立の趣旨および理由は、検察官提出の準抗告申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第二当裁判所の判断

(一)  本件資料によれば、被疑者は、昭和四四年一〇月二一日別件の公務執行妨害被疑事件(いわゆる新宿事件)で現行犯逮捕され、同月二四日同被疑事件につき東京都麻布警察署の代用監獄に勾留され、同年一一月一二日同事件により東京地方裁判所に起訴され、その後同月一四日東京都内所在の中野刑務所に移監されて引き続き同刑務所に勾留されていたものであるが、昭和四五年二月二日東京地方裁判所裁判官の移監の同意を得たうえ、同月三日余罪取調のため中野刑務所から京都府中立売警察署の代用監獄に移監され同所に留置されていたところ、同月一七日午後三時五〇分、同警察署において本件建造物損壊、建造物侵入ならびに窃盗、兇器準備結集被疑事件につき、昭和四四年一一月一七日京都地方裁判所裁判官が有効期間を昭和四五年二月一七日までとして発付した本件逮捕状により逮捕され、同月二〇日午後一時三三分、本件建造損壊、建造物侵入被疑事件につき京都地方検察庁検察官から京都地方裁判所裁判官に対し本件勾留請求がなされた。そこで、同裁判官は、同月二三日、右勾留請求を左記(1)(2)のような理由で却下したところ、右却下の裁判に対し、同日京都地方検察庁検察官から本件準抗告の申立がなされたことが認められる。

(1)  被疑者は、特に、本件勾留請求の前提である逮捕状による逮捕のため、おそくも昭和四五年二月四日京都府中立売警察署の代用監獄に移監され、捜査官において、同日および翌五日の捜査手続により対象被疑者としての確実な心証を得たのであるから、直ちに右の逮捕を実施して、東京地方裁判所係属の被告事件における被告人としての防禦活動上の困難、その他権利行使上の不便不利益をきたす状態を最短期間内に解消させるべく行動すべきは当然であるにもかかわらず、なんら特段の障害となる事由が認められないのに、本件逮捕状の有効期間の最終日である同月一七日まで一〇余日を徒過してのち逮捕したことは、移監制度を濫用して被疑者の権利を侵害し、ひいて逮捕権を濫用したものであつて違法であるから、これを前提とする本件勾留請求は許されない。

(2)  さらに、前記移監の趣旨等に鑑みると、捜査官において、同月四日および翌五日の捜査手続により被疑者としての確証を得、直ちに逮捕を実施しえた段階以後における被疑者の拘束継続は、実質において、本件逮捕状による逮捕と異ならないものというべく、したがつて、その逮捕は、実質的には、おそくも逮捕可能の状態の成立した同月五日の終了した時点において実施されたものと評価することができるから、同時点より七二時間を経過したのちになされた本件勾留請求は違法である。

(二)  そこで、まず、前記却下の理由(1)に即して考えてみるに、捜査機関が被疑者を逮捕するには、通常、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これをしなければならないことは、刑事訴訟法第一九九条第一項の規定に徴して明らかである。そして、逮捕状は、裁判官が捜査機関に対し、当該被疑事実につき被疑者を逮捕する権限を付与する裁判の裁判書であつて、裁判の執行の観念をいれない、いわば許可状の性質を有するものと解すべきである。したがつて逮捕状が発せられた場合にも捜査機関は、これによる逮捕を義務づけられているものではなく、その逮捕を実施すると否とは勿論、これを実施する場合でもその時期如何は、逮捕状に記載された有効期間内であるかぎり、本来捜査機関の裁量に委ねられ、その専権に属するものといわなければならない。されば、捜査機関が、逮捕可能の状態にあるにかかわらず、これを徒過遷延させた場合にも、そのこと自体によつて、直ちに逮捕状による逮捕が違法視されることはないものというべきである。しかしながら、捜査機関において、直ちに逮捕状による逮捕を実施するにつき特段の障害となる事由がなく、かつ、その実施を遷延させることにつきなんら合理的な事由が存しないのにかかわらず、ことさらにその実施を遷延させ、そのため、現実に被疑者の人権が著しく侵害されて社会通念上許容し得ない事態が生じた場合には、いわゆる逮捕権の濫用として、事後の司法的審査の過程において、逮捕状による逮捕が違法と解される場合もありうるものといわなければならない。殊に本件のごとく、別件勾留中、公判係属裁判所所在地の勾留場所から、遠隔地の代用監獄などに移監され、依然拘束されている被疑者については、被告人としての防禦活動、その他権利行使が制約され、処遇上不利益を受けることが多いことに鑑みるときは、この点について一層留意することが肝要であると思われる。これを本件についてみるに、関係資料を総合すると、凡そ次のような事実が認められる。すなわち、

(1)  本件移監の理由について検するに、昭和四五年一月三一日、京都地方検察庁公安部長より東京地方検察庁公判部長に対してなされた、移監手続を依頼する旨の法務専用電信の書面によると、本件被疑者につき京都地方裁判所裁判官の発付に係る建造物損壊等被疑事件(昭和四四年九月二二日京大封鎖解除事件関連事件)逮捕状の執行および取調のため云々と記載されていて、移監を求める余罪捜査の範囲が、本件逮捕状記載の被疑事実に限られるのか、もしくは、その他の刑事訴訟法にいう関連事件にも及ぶのか、その趣旨は必ずしも明らかではないが、他方、京都地方検察庁検察官から東京地方検察庁検察官宛ての移監依頼書、並びに同検察庁検察官から中野刑務所長宛ての移監指揮書(この書面の末尾には、東京地方裁判所裁判官の「右移監に同意する。」旨の記載がある。)には、移監の理由として単に「余罪取調のため」とのみ記載されてあるにすぎず、また、昭和四五年二月七日付司法警察員細見弘男から京都地方検察庁公安部長宛ての「藤森正芳の拘置移監について」と題する書面には、移監を求める理由として本件被疑事件および湯山事件(京大教務職員湯山哲守に対する公務執行妨害、監禁致傷被疑事件)の両事件につき被疑者の取調が必要である旨の記載があるので、これらの事実に徴すると、裁判官によりなされた同意の趣旨はともかく、検察官が裁判官に対して、本件移監の同意を求めた理由は、「余罪取調のため」であり、その余罪の中には、本件逮捕状記載の建造物損壊、建造物侵入被疑事実等のほか、右湯山事件もまた含まれていたものと推測することができる。

(2)  被疑者は、昭和四五年二月三日、京都府中立売警察署の代用監獄に移監されて後、同月四日午後一時五分ころから同日午後五時五分ころまで、同月九日午前一一時三〇分ころから同日午前一一時四〇分ころまで、同日午後一時ころから同日午後三時ころまでの間、同署において、右湯山事件につき、司法警察員による取調を受け、前後二回にわたつて供述調書が作成されており、また、同月四日ころ、参考人らの供述により、被疑者の同一性が確認されていることが明らかである。そして、被疑者は、その後同月一六日ころまでの間、被疑事件について格別取調を受けていないもののようであるが、いわゆる湯山事件については、同月四日ころから同月七日ころまでに、京都地方検察庁検察官によつて参考人数名の取調が続けられたことが認められる。

(3)  担当捜査官が、被疑者に対して、直ちに本件逮捕状による逮捕を実施しなかつたのは、京都府警察本部警備部警備課所属の水口警部より、湯山事件についての取調を先行するよう指示されていたことによるものと推知される。

(4)  他方、被疑者が被告人として勾留されている東京地方裁判所係属の公務執行妨害被告事件については、昭和四五年二月二五日現在、未だ第一回公判期日の指定もなく、今直ちに公判手続等の進展をみることは、望みえない状態にあることが推認されるのである。

以上のような事実を総合して考察すると、なるほど、原裁判官が指摘するとおり、本件逮捕状による逮捕は、おそくとも昭和四五年二月五日ごろには逮捕可能の状態にあつたものというべきであり、かつ、その時点において、直ちに右逮捕状による逮捕を実施するにつき、格別障害となる事由があつたものとは考えられないのであるが、捜査官は、前記のように、適法に移監された先の京都府中立売警察署において、同月四日ころから同月九日ころまでの間、移監の趣旨に含まれている余罪の捜査として、被疑者や参考人に対する取調等を続けていたのであるから、たまたま、担当捜査官が同月一一日ころから同月一六日ころまで、他の学園紛争に関する警備や犯罪の捜査等緊急事件の処理に追われた事情も介在するなどして、同月一七日に至つて本件逮捕状による逮捕を実施したからといつて、ことさらその逮捕を遷延させたものと非議すべき特段の事由は認められないのである。それに、本件余罪の捜査は、被疑者が勾留されている公訴事実の罪質、態様等に比照して、特に右余罪について別に逮捕勾留のうえ取調をしなければ強制捜査の手続を保障した法の目的を潜脱するおそれのあるものとは解されず、合法的になし得る範囲に属するものと認めるのが相当である。しかも、被疑者の東京地方裁判所係属の被告事件は、前記のように、未だ第一回公判期日の指定もなく、将来の訴訟進展の見通しが推知し難い状態にある点に鑑みると、被疑者が、京都府中立売警察署の代用監獄に移監されて、余罪の捜査を受けたうえ逮捕されるまで、約一四日間在監するのやむなきに立ち至つたことにより多少の不便等が生じても、それはその性質上当然に甘受しなければならないものであり、そのため、被告人としての防禦活動その他の権利行使あるいは処遇上の利益が著しく侵害された事実は認められないのであるから、本件逮捕状による逮捕が違法であると断定することはできないものといわなければならない。

(三)  次に、前記却下の理由(2)に即して考えてみるに、被疑者が、余罪捜査のため、既に勾留されている監獄から他の監獄に移監された場合に、その余罪の捜査については、被疑者は単に任意同行のうえ捜査を受けている者とは異なつて、別件の勾留に基づき当然に身体の拘束を受けているわけであるから、被疑者が余罪の逮捕状による逮捕の実施以前に、余罪の被疑者として実質的に逮捕されたものと評価しうるためには、その身体の拘束状態が本来の勾留を認めた目的趣旨から著しく逸脱して専ら余罪捜査に向けて利用され、余罪につき身体の拘束を受けているのと変らない状況下に置かれたと認められるような特別の事情があらたに加わらなければならないものと解するのが相当である。しかるに、本件においては、前記のように、被疑者が移監されてから、本件逮捕状によつて逮捕されるまでの約一四日間内に、捜査官が被疑者に対して行なつたことは、移監先の中立売警察署において、移監の趣旨に含まれていて、かつ、合法的に捜査をなしうるものと認められる範囲内の余罪につき、数回にわたる取調等があつたにすぎないのであつて、さらに、これを逸脱して、実質上逮捕と同一視されるような捜査の手段方法など、特別の事情があらたに加わつたものとは到底認められないから、本件逮捕状による逮捕以前において、実質上逮捕されたものと評価することは相当でないものというべきである。されば、本件資料によつて明らかなように、司法警察員は、昭和四五年二月一七日午後三時五〇分、本件逮捕状によつて被疑者を逮捕し、同月一九日午後三時三〇分、検察官に事件を送致する手続をし、検察官は、その事件につき同月二〇日午後一時三三分本件勾留請求をしたことが認められるのであるから、右の勾留請求は、刑事訴訟法第二〇三条第一項、第二〇五条第一項、第二項所定の制限時間内において行なわれた適法なものといわなければならない。

(四)  以上のような理由により、本件勾留請求を却下した原裁判は相当でなく、他に右勾留請求を違法とする理由も認められないので、さらに、勾留の理由および必要について順次検討する。

(五)  本件資料によれば、被疑者が本件被疑事実を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることが認められる。

そこで、刑事訴訟法第六〇条第一項各号の要件に該当する事由の有無について検討するに、本件は、多数共犯者による極めて組織的、計画的な集団事件であると認められ、本件の罪質、被疑者の組織における主導的地位、事実について一貫して黙秘を続けている供述態度等に鑑みると、被疑者が共犯者と通謀するなどして事案の真相を歪めるおそれがあり、被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由のあることが認められる。また、被疑者は、昭和四四年九月二八日ごろ従前の下宿先を引き払い、その後同年一〇月二一日、前記公務執行妨害被疑事件で現行犯逮捕されるまで、本件逮捕状による逮捕のため捜査官により所在捜査が継続されていたにもかかわらず、居所不明の状態にあつたことが認められるのであり、その他本件の罪質等を合わせ考えると、被疑者は、定まつた住居を有せず、逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるものと認められ、かつ、被疑者を勾留する必要も存するものというべきである。

そうしてみると、本件勾留請求を却下した原裁判は結局相当でないから、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項を適用して原裁判を取消したうえ、被疑者を京都府中立売警察署に勾留することとする。

ちなみに、刑事訴訟法第二〇八条第一項が、逮捕状により逮捕された被疑者を勾留した事件の勾留期間を原則として一〇日とし、その始期を勾留の請求をした日からと定めたのは、とりもなおさず、逮捕に引き続く身体の拘束を、不当に長期化することから防止しようとした趣旨にほかならないものと解すべきであり、したがつて、被疑者が、勾留請求却下の裁判により釈放され逮捕による身体の拘束から現実に解放された後に、右裁判に対する準抗告の結果発せられた勾留状の執行により収監された場合における前記一〇日の勾留期間は、右の釈放された日および収監された日以外の、身体の拘束から現実に解放されていた日数を除外して算定することが、よく法意に適するものというべきである。そうだとすると、本件はその資料によつて認められるように、被疑者は、本件勾留請求の日である昭和四五年二月二〇日より三日後の、同月二三日になされた勾留請求却下の裁判により即日釈放され、本件逮捕状によつて逮捕されたことによる身体の拘束から現実に解放されているものとみられるので、本件勾留請求の日より既に一〇日を経過している現在においても、勾留された場合の前記勾留期間は残存していることになるから、本件で発すべき勾留状による勾留の実益は、なお存するものといわなければならない。

(六)  なお、本件接見禁止等の請求については、その必要がないものと認められるので、その理由がないものとして、同法第四三二条、第四二六条第一項によりこれを棄却することとする。

よつて主文のとおり決定する。(橋本盛三郎 石井恒 竹原俊一)

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